育ちたがる金属Vol,2 「熾烈」
story
慌てた私にコーヒーをかけられた「万象」は、半人型で変化が止まってしまった。
立方体から頭、腕、胴が生えた形で。
腕で這うことを覚えると私の部屋を観察し始めた。
一人暮らしの部屋は狭い。
文字を覚え、部屋の中の本を読みつくしてしまうのに三日とかからず、私と筆談をしたがった。
体全体でペンを使い、こう書いた。
「私は何なのでしょう」
「アナタは『万象』。たぶん機械。いろんなものに変わりそうだからそう名付けた」
「なるほど名づけ親ですか。それは重畳。あなたは?」
「私のことはいいから、アナタのことを教えてよ。どこから来たの」
「わからない」
「何も覚えてないの」
「まったくといってよいほど、私の記憶はあいまいです」
彼?が語るところによるとこうだ。
暗く、冷たいところにいたところから記憶は始まっていた。
突然光を感じたかと思うと、私の部屋にいた。
わからないなりに私を観察し、姿を真似したくなったのだという。
「どこにいたのか、存在理由も目的もわからないのです」
「人間だって生まれたときにわかってるわけじゃない。わからないままに生きてるの」
「ニンゲンは、理由なく生まれてくる、のでしょうか」
「それを知ることが目的なんだと思う」
「万象」はしばらく動作をやめると、こう綴った。
「一刻も早く知りたいのです。理由もなく生きることは、とても難しいことですから」
「外に連れていってくれませんか?」
見るとすでに夜明けが近い。
私は万象を自転車のカゴに放ると、近くの川辺に向かった。
夏の朝が軽々しく開く。凪がふたたびざわめき始めた。
私たち以外誰もいない土手で、彼はまた強く光り始めた。
少し離れて目を閉じる。
一瞬にも、ずいぶん長くにも感じたような間。
「万象」は見上げるほどに大きくなり、完全な人型になっていた。
胸のあたりに光を宿し、静かに甲高く、駆動音をたてている。
ぐるりと周囲を見回し、遠くを見つめた後、彼は足元の土にこう書いた。
「私は少し世界を見てきます。大丈夫、すぐに戻りますから」
姿を見られないように気を付けて。
伝えると彼はゆっくり頷いた。