育ちたがる金属Vol,3 「閃耀」
story
遠雷が聞こえる。
万象が飛び立ってからというもの、「彼」がどうしたのかは知りようもなかった。
機械が連絡一つよこす訳はなし。
ネットで情報を求めても「人型機械」なんてものはない。
ひと月が経ち、あれは夢だったのだろうかとも考えてみた。
けれど手元に残った日記と写真がそれを否定する。
妙に明るい曇り空、夕立が窓をたたく。
ずいぶんたまった大学の課題をやる手を止めて見ていた。
一瞬、雷がきたと思った。
思わず首をすくめるほどの煌きが視界を覆う。
しかし、そのあとに来る恐ろしい音はなく。
気配を感じて外を見やると、ベランダの向こう、光が垣間見える雲を背景に、少女がいた。
ほのかに光を発しながら、「彼女」は宙に静止している。
「こんにちは、お久しぶりです」
窓を開けて入ってきた。涼やかなその声は、あの奇妙な金属を思い起こさせた。
そうでなくてもこんな現象といえば、原因は一つしか思い当たらない。
「……万象?」
「そう、アナタが名付けてくれた機械です」
「人になったの?」
「いえ、人に進化したわけではありません。本体は別の場所にあって、アナタの前にいるのは端末のようなものです」
声帯がほしかったのです、と彼女はベッドに腰掛けながら言った。
「人と、特にアナタと意思疎通を図ろうと思ったら、文字では手間だし味気ない。外にも出られませんし」
機械だからか、淡々とした意思表示をするのかと思ったが、表情豊かにそれを語る。
聞きたいことは色々あるが、一番気になっていたことをぶつけてみた。
世界はどうだったのか、だ。
「自分の視界で捉える環境は実に興味深いものでした。
人を中心に構築された『世界』は実に不細工で流麗で、ふてぶてしくたおやかであります。
相克がこの世の基礎原理だという老師は、ずいぶんと慧眼だったのでしょう。
好奇心によって『世界』は広がりましたが、それが持たないところまできているようです。
それを止めるには、恐怖心しかありません」
くるくると語る。
恐怖、の言葉で少し寒気が走った。
この人知を超えたものは、人を抹殺する、とかいうんじゃないだろうか。
「人を殺したりしません」
彼女は見透かしたように言った。
「私はあくまで機械であります。人がいなくなったら、その価値も曖昧になります。私はもう少し、自分の存在理由を探りたいのです。だんだんわかりかけてきましたので」
彼女はそういうと、ベッドに横になった。
私はとんでもないものを目の前にしているのじゃないか。
不思議なものに出会って、初めてそう思いはじめた。