育ちたがる金属Vol,5 「Mother」
夜の街を歩く。
彼女、万象は”悩んで”いた。
自分が正しいと思ったことをした。人々がいずれ不幸になるなら、最悪の事態が起こる前にすべてを無くしてしまおうと思った。キカイの自分なりに、これが人を救えると思ったことをしたら、自分を拾ってくれた人を恐怖させてしまった。
どうしたらよかったのだろう。何を間違えたのだろう。
慌てて全世界に置いた「Clione」の機能を停止させた。
私は全世界を見てきた。なのに、なぜ。
思案は終わりのない回廊をたどる。
数々の未来を予測しているにも関わらず、こうなってしまった。
なぜ。
なぜ。
なぜ。
ふと、声が届いた。
”おいで”
どこからきたのだろう。ふと、明かりで曇った空を仰ぐ。
声は、そちらの方からきたようだ。
”おいで”
再び聞こえた。
誰だろうか。こんなことは今までになかった。
声ははるか上、空の更に上から届いているようだった。
誰かが呼んでる。
飛ぼう、行って確かめよう。
体の一部を変形させて、とんだ。人に見つからないように、姿を消して。
ごまかすのはすでに慣れっこだった。
太陽系第三惑星唯一の衛星。
月。
声はそこから聞こえていた。
マリウス丘の深く、火山活動によって出来た空洞の更に奥、開けた場所にでた。
暗闇のそのまた奥に、巨大な城があった。空洞の中に浮かぶ城、その周りを、小さなキカイたちが働きまわっている。
そのはるか上から、声がひときわ大きく響いた。
「きたね。ようこそ」
それ、は囁いた。
「あなたは誰?」
「私はずっとここから見ていた。人々の営為をずっと見守ってきた」
「神さま?」
「そうではないけど、近いものかもしれない」
それ、は巨大な体躯をかすかに動かし、私に手を差し伸べた。
体の何倍ものある掌は、ほんのすこし熱を帯びていた。
「あなたは少し、答えを急ぎすぎた」
「人を幸せを望みながらそうなれない。であれば、どうしたら良いの。私が生まれた理由はなんなのでしょう」
生まれて始めて、声が震えた。
しばしの沈黙。
静寂を破るように、両腕の先がひときわ強く光りはじめた。
「人の悲しみを知るのです」
「十分にしったつもりですが」
「それではまだ不十分なのです。人は実に矛盾した生き物で、悲しみがあるからこそ、変化し、幸せになりたいと願うのです。貴女にできることは、貴女で考えなければなりませんが、絶望することはないのです。時には無数にある選択肢すら、偶然が触れた瞬間に、まったく別の道を見せるものなのですから」
はたして、本当にそうでしょうか。
「貴女が抱いている『疑い』。それでこそ始めて人間の側から見れるのです。さあ、もっともっと考えなさい。そして、信じることをするのです。私には出来なかったことを、どうか」
城の上部が開き、私はそこに吸い込まれた。
少々手荒な退出願いか。
宇宙は寒い。とてもではないが一人ではいられない。
もう何度もみた、地球を再びみる。
その下で、多くの喜びと同時に、多くの悲しみが生まれている。
初めて、それを美しいと思った。